鬱(うつ)病・アルコール依存症・日々のつぶやき

2014年、うつ病・アルコール依存症デビュー。うつの波にぐっと耐えつつ、前向きな日々を送っています。読んで楽しい気持ちになってもらえたらうれしいです。

ラクダが食べ残したピラフしか財産のなかったわたしがわずか2ヶ月で社長に

なるわけがない。(完)

そもそもラクダが食べ残したピラフは財産と呼んで良いのだろうか。精一杯ポジティブに考えてこれが財産だったと仮定して、ここから2ヶ月で社長になることは可能だろうか。シミュレーションしてみよう。このシミュレーションが成功すれば、現実のわたしも社長になれるかもしれない。

 

<条件>
所持金:0

住む場所:なし
持ち物:ラクダの食べ残したピラフ、ビニル袋
服:着ている分だけ(Tシャツ、ジーンズ、ブーツ、ハンチングハット)
身寄り:なし
友人:なし
パートナー:なし

 

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(使いまわし画像)

1日目~行き倒れている初老の男性をピラフでレスキュー。

ラクダが食べ残したピラフをビニル袋に入れて持ち歩いていたところ、道端で行き倒れている初老の男性に出会う。男性は深刻な栄養失調の状態であり、このままでは死んでしまうと思われた。わたしは躊躇せずピラフを男性の口に押し込め、無理やりに飲み込ませた。続けて傍にあった水道の水を手のひらに掬い、飲ませた。数分後、意識を取り戻した男性は残りのピラフを貪り食うと、すっくと立ち上がってどこかへ行ってしまった。

 

5日目~自分が行き倒れる

思いがけない形でピラフを失ったわたしは栄養摂取の機会を失った。水はどこででも飲むことができたが、問題は食べ物だ。ゴミ箱を漁れば食べ物は手に入りそうだったが、どうしてもできなかった。物乞いをすることも、それをしたら自分が自分でなくなってしまいそうで、できなかった。切羽詰まった状況の中でどこでも良いから住み込みで働く、ということも選択肢としてあったはずだが思いつかなかった。そうしているうち、わたしは公園のベンチで力尽き、行き倒れになってしまった。

 

6日目~病院で目覚める

はっと目を覚ますと、わたしは病院にいた。どうやら朝のようだ。看護師たちが慌しく動き回っているのが見えた。そのうち看護師の一人がわたしが目覚めたことに気づき、「あっ、目覚めましたね!よかった!もうすぐ朝食が来ますから、しっかり食べてくださいね。」なんて言って、どこかに消えた。すぐに朝食が運ばれてきて、わたしは貪るように食べた。

 

13日目~退院

無理を言って8日間入院させてもらったが、外傷も疾病もなくすっかり回復していたため、これ以上入院させることはできないとのこと。あえなく退院となった。入院費用が支払えないと告げると、ケースワーカーが相談に乗ってくれた。ひとまず行政の助けを受けることで対処することになった。住所も連絡先もないので今後どうしたら良いかと相談すると、ホームレスを支援するNPO法人に紹介された。長い面談の末、NPO法人が契約している建物で寝泊まりすることが許された。屋根のある部屋に住めて、しかも食事が得られる。わたしはこのありがたい話を受けることにした。他に頼るあてもなかった。

 

30日目~住所を得る

NPO法人「イルミ=ナティ」の助けと自立支援制度を受けて、足立区に6畳一間の部屋を借りることができた。同時に刺身の盛り合わせの上にダンデライオン(和名:たんぽぽ)を乗せる職を得ることもできた。パラシュート効果訓練、南アルプス72時間行軍、シリア国境での軍事演習など、研修は過酷を極めたが、なんとかクリアすることができた。研修終了後は毎朝4時に出社し、22時45分までダンデライオンし続けた。時給は864ペリカであった。信じがたい低賃金だが、当面飢えをしのげるだけで十分だったわたしは、この給与に不満を持たなかった。 

 

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しかし、毎日職場が変わることは不満だった。職場に到着するまでには平均で7つの倉庫、12のレストラン(の厨房)、3つのデパートを通る必要があり、そのすべてに隠し扉やエレベーターに表示のない階などがあり、通過には必ず合言葉や暗証番号が必要であった。わたしはevernoteを駆使してこれらをスムーズにクリアし、遅刻することはなかった。

 

 

45日目~昇進

すっかり仕事に慣れた。就職より無遅刻無欠勤、類まれな集中力を発揮したわたしの平均ダンデライオン数は異例の18万3925個を記録した。世界に986211ある支部でも最高の数字だった。1分あたり約161個、1秒2.68個のダンデライオンを刺し身の上に乗せてゆく計算だ。わたしはすでに英国人の主任から「Thousand Armed Avalokiteshwara」と呼ばれ、一目置かれていた。Thousand Armed Avalokiteshwaraとは、千手観音のことである。

 

この成績により、わたしは新人研修担当および現場責任者見習いへと昇進した。給与は通貨単位から見直され、765円になった。法定最低賃金以下だが、1ペリカ=10分の1円ということを考えればものすごい昇給だったため、わたしはこのオファーを大喜びで受けた。正式に辞令を受けると、ナチスドイツ親衛隊のような征服一式と鞭、シャムネコ一匹が与えられ、住居も足立区から荒川区のバス・トイレ別の1LKアパートへとグレードアップした。

 

55日目~正式に現場責任者に任命

ダンデライオン業は仕事それ自体の過酷さと通勤経路の険しさにより、常に従業員が不足していた。新人はひっきりなしにやってきたが、必ず翌日には何人か失踪してしまうのだった。さらに昨日、現場責任者が出勤途中の最後の森で消息を絶ってしまった。これに本部は劇的な反応を示し、わたしたちは当面の間自宅待機することが命じられた。家でじっとしていると、マスターメイソンと呼ばれる普段は決して会うことのできない上級職の人間がやってきた。「今この瞬間より君を”プロビデンスの目298355”の現場責任者に任命する。あとでポストを確認したまえ。時給は13ドルだ。」とそれだけ言って去っていった。ポストを確認すると豊島区のライオンズマンションの地図と鍵が入っていた。マスターメイソンはわたしが助けた男性だった。

 

59日目~TIME UP前日

自宅待機4日目。まだ会社から連絡は来ない。わたしは退屈を持て余していたが、引越しの作業が気を紛らわせてくれた。池袋駅歩15分の繁華街にあるライオンズマンションはきれいな内装だったが、住んでいるのは外国人ばかりだった。わたしは夜になると缶ビールを飲みながら街をぶらぶら歩いた。休みなく続く激務でお金を使う暇もなかったので、貯金はそこそこできていた。

 

仕事の再開が待ち遠しかった。

 

60日目~TIME UP

朝8時。社からの連絡は相変わらずなし。自宅待機の間も家賃は会社負担、給与も振り込まれるというが、とにかくすることがないのは辛かった。わたしはいつまでこの状態なんだろう……。部屋にはなにもなかったので、わたしは退屈に絶えかねて外に出た。これから出勤なのだろう。人々は早足で駅や職場、学校へと向かっていた。シャッターが半開きになった店舗ではスタッフがてきぱきと開店の準備をしていた。わたしは11時までベンチで本を読み、キッチンABCで2番のランチを食べたのち、駅前のヤマダ電機でアイフォンとBluetoothサラウンドスピーカー、MacBook Pro無線LANを購入した。ネットはすでに繋がっているらしいので、これでインターネットを楽しめるだろう。久しぶりにブログでもやろうかな。

 

大荷物を持って帰宅し、ネットに繋げるために四苦八苦しているうちに日付が変わった。明日は連絡、来るだろうか。

 

 本日のまとめ

ものすごい勢いで出世したけれど、結局社長にはなれなかった。わたしは社長になることを選択しなかったし、そのためのアクションも取らなかった。今回のシミュレーション結果は、ただ状況に流された挙句、運よく出世できたというだけのことだ。だいいち、現実はここまで甘くもドラマチックでもない。

 

わたしはマインドがだめなのだ。頭ではいろいろ考えつつ、なりたいものになるための具体的なアクションを起こさない。それでは何者にもなれはしない。死ぬまで使われておしまいだ。だいたい、一歩目からしてダメだ。行き倒れるまで路頭に迷うのではなく、すぐに役所に出向いて支援を受ける方法を模索するなど適切な行動を取るべきだった。わたしはそういう行動が苦手だ。

 

てか、 適当に妄想を書いていただけなのにこのダメージは一体……。

  

◆ やっとこさ20000PV達成。

 昨日の午前中にトータル20000PVを達成しました。ブログ日数41日、継続日数29日。投稿数は79です。月間PV15万のブログとかどうなってんの……とか思いつつ、とりあえず100記事目指して(駄)記事を積み重ねていこうと思います。

 

いつもお読みいただいてありがとうございます。

これからもよろしくお願いします。 

 

 

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