母と再会する日の朝
公園ではなく路の画像。もちろん道路に体育座りしているわけではなく、車がまったく通らないのでさっと撮影してみただけだ。
昨夜1時過ぎに帰宅して少し眠り、5時ころ目が覚めた。もう少し眠りたかったけれど、気持ちが落ち着かず眠ることはできなかった。
で、少しだけと出てきた。半袖一枚なので肌寒い。気持ちはどうかというと、あまり変わらず、心か身体かをギュッと圧迫されているような締め付けられる感じと、情けなく悲しい気持ち、逃げ出したい気持ちがある。このまま液体になってしまいそうな脱力感もある。
ほかにもたくさんの感情や感覚ががざわざわとせめぎ合っていて、その中には母に会える嬉しさももちろんある。父や妹、甥にも会いたい。父にはグーで殴られそうだけれど。
あと数時間。
私は母に再会する。
私のすることはまず部屋を片付け、シャワーを浴び、身なりを整えてきれいな服を用意し、駅へ母を迎えにゆくこと。何時間か一緒に過ごして、再び母を駅に送り見送ることだ。これだけのことなのに、身がすくむ。
それでも今日踏み出すのは本当に大切な一歩だ。きちんと向き合って何かを変えたい。
家に戻ります。
今はもちろん公園です。(笑)
しっかり、私。
母との再会まであと半日
その事実がなんだか恐ろしく、心が落ち着かず、また公園に来た。いや、そんな理由ではないのかもわからない。半ば習慣にもなっていることでもあるし。
なにしろこのブログ、読み返してみると、ほぼ公園の写真しかないのだ。開設以来、記事の9割は公園で書いている。
夜の公園は静かで、一応は外界にいるということが何だか嬉しい。オヤジ狩りとか未知の怪物による攻撃とか、さまざま危険はあるけれど、公園通い自体は依存症や鬱とは比較するに及ばない穏やかな趣味だ。
母に会うこと。
もちろん楽しみでもあるのだけれど、肉親にこんな現状を見せることは本当に情けなく、悲しい。
いや、こんなの見せられるほうがもっと辛いに決まっている。みな懸命に、しっかりと日々を重ねているのに、私のせいで辛く重い気持ちになるのだ。私は本当に人生を通じて親不孝者でい続けている。
せめてもの救いは、まだ立ち上がって恩返しをする機会が残っていることだ。私はパートナーや猫たち、その周りにいる近しい者たちを支える強い背骨になりたいんだ。そして、世の中において有益な存在になりたいんだ。そのために考え、行動し、人との繋がりを恐れなく網羅しながら闘っていきたいんだ。
お母さん。
瞼の母、なんていうが、私のまぶたの裏にも母の姿がいつもある。
明日駅まで迎えに行って、姿を見た途端、泣き崩れたりしないようにしなくてはね。どのみち、明日1日の間で、なにかしら制御できない感情がどこかで湧き上がることがあるかもしれないけれど、それにはなるべく素直でいようと考えている。
なんにせよ、母と会うことは大きな変化だ。2時間もかけて来てくれる母に、現在の自分を素直に見てもらおう。
もう少ししたら帰って休もう。
朝、風呂と部屋の掃除は絶対にしないといけないし。
パートナーは、こんな私を今日も優しく送り出してくれた。母と会うことも穏やかに受け入れてくれた。
私はとても恵まれているんだ。
あたりを見回してみろ、敵なんてどこにもいないじゃあないか。味方しかいないじゃあないか。
動き始めた現実
まだ心はとても重たく、ふと我にかえると粘土のように輝きのない視線で何かこの世ならざるものと見つめ合っていることに気づく。この粘度の高い、まとわりつくものはなんなのだろう。
一方で、私が昨日取ったアクションは、私の中で小さな炎となり、燃え始めている。
母からのメールに「命さえあれば、あとのことは必ず付いてくるものです」とあった。
もちろん分かっていることだったけれど、昨日のことと合わせ、私の中でこの言葉はいま、鐘のような明晰な響きでもって現実を震わせている。
さぁ、次の一歩を踏み出そう。
そういえば先日記念すべき1日目をスタートした断酒はやり直しになったのだけれども、ふたたびスタートしようと思っている。これまでの断酒はその都度で並々ならぬ強い決心の表明とともに大袈裟に始めたものだが、少し認識を変えようと思う。
もっと素直になりたい。まっすぐでありたい。そして、4車線の道路を死なずに渡り切る芋虫のように、鈍くとも動き続け、どこかしかにたどり着きたい。
それにしても、こんなブログの中でも私はまだ誰かから良く見られようとつまらない努力をしようとするのだな。見栄なんてまだ残っていたんだな。
少し嬉しい。
でもってすごい恥ずかしい。
踏み出した一歩
つい先ほど、この数ヶ月会話も連絡も拒絶していた母に連絡をした。
かつてのように少しでも安心させようと軽い嘘を交えるようなこともなく、私は正直に現状と今の心情を短いメールに綴った。こんなことは初めてだ。
母はとても真面目で優秀な人だ。下ネタや下品なジョークなどは一切受け付けないなど、多少ユウモア?には欠けるきらいがあるものの、常に規律正しく、今すべきことを細やかに行ってきた人だ。そして私の母親だ。父とともに私を産み、育み、守ってくれた人だ。
母は傾聴という分野のエキスパートだ。傾聴というのはたとえば終末医療の現場や何かしらの病において末期となったような、死に向き合う人の言葉を聞くことのエキスパートだ。私は専門でないので正しくは分からないが、話を聞いて解答を出すコンサルタントではなく、会話の中で話し手が自ら救いやなんらかの答えにたどり着くよう導くのが目的なのだろうと思う。
そして私自身が何かしらアクションを起こさなければ!起こせ!動け!馬鹿野郎!根性なしのうつ病持ちが!なんて自分をさかんに鼓舞していることはこの数日綴ってきた通りだけれども、母へのメールは、私にとってひとつのアクションとなった。
両親が健在であることに幸せを覚えた。だって私はまだ、親孝行することができるんだ。
公園おじさん、ザ・ファイナル?
なん度めか分からないが、本日もまた夜の公園に来た。なんかもう笑ってしまう。どれだけ浮世離れする気なんだ、私は。(笑)
今は21時より前なので、パートナーは起きており、明日は月に一度の心療内科に受診しに行く予定であることを聞いた。私は予約の時間、出発の時間を確認した。
このような場合、私は非常に強い動機と行動力、強い義務感でもって彼女の予定がつつがなく進むように具体的行動をすることができる。
不思議なことに、己のことは満足にできなくとも、パートナーのためにはわりかし細やかに動くことができるのである。そういうときの私は客観的に見ても極めてまともで、自分なりの配慮や優しさに満ち、常人並みにしっかりと動いていることが認められる。
「とても得難い、唯一無二のこの女性を幸せにする」ために私は動けるのではないか、と思う。しかしこのような長期的なヴィジョンに基づいた行動は、厳密に言うと他者のためというより、自分のための行動である側面が強いせいか、私は相変わらず動けないでいる。
このあたりが今の停滞した、暗く重い状況の突破口なのではないかと考えている。いつからだろうか、いつの間にか彼女は私と同じ空間の中で自分と同一化されたような存在として認識されるようになっていた。社会との繋がりは私と彼女との間にも確かにあるんだ。私の人生においてパートナーとして生きていてくれる人がいるということの有難さにはいつも感謝しているけれども、どのような面から見ても本当にただただ感謝していますとしか言いようがない。
この感謝を行動に変えて、歩み出せないものだろうか。なんだかできそうな気がする。
さて本日、パートナーから借りた三島由紀夫の『仮面の告白』を読了した。読み終えたよ、と告げると、パートナーは「どんな話だった?」と質問し、私は自分なりに物語の概略と感想を述べた。
そのあとは永井荷風や太宰治の作品についてや、青年時代の私が作家を目指して日本文学の文脈をなぞっていたことやその必要性、あるいは難解な表現を多用する昭和の作品について、また現代文学の表現について話した。とても楽しい時間だった。
私は己のなかの知的な部分が、初夏の青々とした柔らかな風に揺さぶられるような気持ちを覚えた……なんて書くと三島由紀夫風かしら。(笑)
些細なことだか、ひとつ完了することができた。私は明日、次の何かを始められよう。
ありがとう、見守ってくれて。この公園通いもそろそろ終わりにしなくてはね。
断酒1日目
今朝の凄まじい嵐から一転して鮮やかな晴天。
私も昨日のめちゃくちゃな状態からなんとか復帰して、今朝はパートナーと朝食を取ることができた。
そして、断酒することを決めた。決めたものの、今でも心は飲酒する理由を探している。
暇だからいけないのだとか、生きがいがないからとか、社会とのつながりがないからだとか、いろいろ。要はこれらの要因が取り除くことができれば飲んでもいい、大丈夫だという理由作りだ。
断酒会のこともパートナーに話した。行ってみようかと検討していると。しかし話す中で唐突に目の前にいるこの人の前で証明し続ければいいのだという考えに行き着いた。
パートナーは「そこまで深刻なの?」と第一の感想を述べた。わからないけど深刻なのかもしれない、と私は返答した。
いや、しかしこれを、病と認識している以上、仲間や支援者がいた方がいいようにも思う。それとも己の意志の問題だろうか。もっと人を頼り、どのようなものであれ社会との接点を増やした方がいいようにも感じる。
ともかく今日の更新から、断酒の日数を書き込むことになる。私が読んでいる断酒されている方のBlogは3年以上を数える。
私もあのようになりたい。
ギリギリのところ
また公園にやってきた。
昨日、といってもついさっきまでだけれど、本当にひどい状態で、あたかもアルコールと鬱の中に埋葬されているように暮らしてしまった。暮らした、というより本当に死んでいたようだった。
長い時間部屋の片隅に横たわりながら、このまま目覚めないか、目覚めたら自分が無くなっていることを望んだ。自分から死んだりはしないので、あくまで他力本願。こんなことまでも何かに依存してしまうのかと情けなく感じた。
私は鬱でアルコール依存性だ。そのように断じたのは自分であって、現状で何か具体的な治療などはしていない。
しかし昨日の体験から、もはや妥協が許される状況ではないと強く強く自覚した。意識した。いや、これまでだってそんなことは分かっていたんだ。けれども行動してこなかったんだ。
どこかの心理学者だかの論文で、「アルコール依存性などというものは本来存在せず、あるのは悩み依存症である。悩むことに依存し、己を悩みの中に置くことで実は安心、安定している」というようなものを読んだ。これには深く共感した。
とはいえ、それで私の今の状況が何か改善されるわけではない。本質的な問題はそこではないんだ。己と深く向き合い、その中で理解や思考が深まるのはいいことだと思うけれど、そのこと自体は自分を取り巻く世界を直接的には変えてくれない。生に彩りを与えるものは、いつだって具体的な行動なのだ。
そういや少し前にブログ村とかいうリンク集?に登録し、断酒している方たちや鬱に苦しむ人たち、色々なの記事を拝読した。
私など擦り傷程度と思うような、重い病と闘う方がいくらもおり、しかしそれでも前向きに日々を過ごしておられ、その、生の中で綴られた生き生きとした文言の中に私は強い感動を覚えた。
「下と比べても意味がない」なんて言う人もあるだろうけれども、他者と己を比較することに意味はないことは十分にわかっている。
けれども心や身体の病に対し、あるいは人間関係などに対し、上や下なんてものはない。誰だって、軽重問わず己の不調やうまくいかないことというものは辛いのだ。
私は今、かつて想像すらし得なかった気持ちが理解できるようになった。実際はわからないが、少なくともそう思えるようになった。それはなんであれ病み疲れ沈殿した堆積物としての私の人生が醸成した産物であり、再び立ち上がって自立したならば大きな財産になるだろう。
廃墟のような、牢獄のような、墓場のようなこの場所。かつてこの場所に居て同じように苦悩し、その後立ち上がり未来に向け歩んでいる先達と出会いたい。言葉を聞きたい。健常へ至った足跡を知りたい。
遠雷がすごい。
間も無く雨が降るのだろう。まだここにいたいけれど、そろそろ戻ろう。都内ではあるものの、ここはほとんど埼玉だ。雨とか本当に凄まじいのだ。
まぁなんであれ、アルコールに逃げたい、アルコールから逃れられないでいる私は確実にここにいる。それを認めた上で、私はアルコールから離れなくてはいけないんだ。
件のブログ村、断酒◯日目、のような記事を何年も更新されている方がある。きっと物凄い体験の中から今を生きているだろうな。
私は甘い。
だってまだ酒とうまく付き合っていけるとか思っているんだもの。絶対ダメと思う自分と、なんか言い訳がましく酒にすがる自分が並存している。そして、どちらが正しいか、分かっている。
ともかく、甘えたこころと肉体を立ち上がらせ、躍動させるものは他ならぬ私自身だ。
動け、動け。
私はまだ生きているじゃあないか。
またしても夜の公園
一旦部屋に戻り、眠った。が、また起きてしまい、静けさと孤独、闇を求め、公園へとやってきた。
夜の公園依存症?
あ、昼もか。
今夜はどこかのベンチにカップルがいるらしく、ヒソヒソと話す声が聞こえてくる。
彼らの存在にもう少し早く気がついていれば、私は離れたベンチに座ったのだが、今からの移動もなんだか不自然かとも思い、ここにいることにした。こんな時間に先客がいるなんて思いもしなかったのだもの。
彼らもびっくりしただろうな。こんな時間になんなのあの人!?って。どんな二人かは見えないが、甘い時間の邪魔をして申し訳ない。
でもまぁ良いんだ。
向こうもこちらを危険ではないと認識したようだし。私は静かにここに佇んでいればいい。深夜とはいえ、ここは公園なんだから。
余計なことは気にせず、この闇の中で静かに己と向き合い、小さくとも何かしらの決意と覚悟を固めよう。
部屋のドアを開けて外に出れば、どこにでも行ける。こうして公園にだっていつでも来ることができる。
世の中はいつだって私の方を向いて開かれているんだ。決して向こうから閉じるなんてことはないんだ。
だから、それらにアクセスし、何かしらの反応にイグニッションさせることは、私自身の役割だ。
最後に、夜の公園は静かで素晴らしいものだが、暗いので本は読めない。当たり前だが。
空が少し白んでくるくらいまでここにいよう。
夜の公園おじさん
また夜になった。
昼から何箇所かの公園を巡っているうち、今の場所にきた。今日は三島由紀夫の「仮面の告白」を読み過ごしているのだけど、彼の表現を丁寧に追いながら読もうとすると、大変に時間がかかる。だって語彙も知識も行間に込められたものも、何もかもが凄いんだもの。
私には大したレベルではないが速読のスキルがある。平易な文章ならかなりの早さで理解し、読み切ることができる。でも、己の理解や知識を超える文章の前では速読は無力だ。
つまり一般的なレベルでの速読というものは、読み手の知性や知識に収まる範囲でのみ、成り立つものなのだろう。
見たものをすべて瞬時に記憶できる特殊能力者だって、知らぬ語彙や表現はただの画像としてはただちに記憶できたとしても、理解し意図を汲むには一般人と同様の時間を要するはずだ。
そういえば出掛けるにあたり、私が三島の本を持っていくと告げると、パートナーは「もっと楽しい本読めば?私は持ってないけど(笑)」なんて言っていた。ちなみにこの本も彼女からの借り物だ。
毎日毎日公園に佇んでいる。今の私はまるで公園の設備のひとつになったかのようだ。しかし、本当に僅かなからも、私はこの深いぬかるみの中で手足を動かし、少しずつ前、あるいは上に進んでいる。
先ほど気づいたことがある。
私は自らを殺したいとは微塵も思わないが、何らかのやむを得ない形で死が訪れることには期待している面がある。
今すぐ消えてなくなりたい。
そういった感情は外的な要因で与えられる自己の喪失、肉体の死、例えば病気や事故などによってこの世界から離脱することに対する甘やかな期待である。しかしてそれは、命を全うしたいという感情とまったく矛盾しない。
とは言え、現実に医師か何かに明日死にますよ、と言われれば必死で抗うだろうし、苦しむだろうし、泣きもするだろう。
消えたいくせに、なんで泣くの?
この問いの中にひとつの答えがある。今死ぬことには悔いがあるからだ。こんな状態で死んでたまるか。誰にも、何も残すことなく、いつの間にか消えるなど悲しすぎる。誰に対しても申し訳が立たない。
もう少し。
あと一かきできればこの泥濘から出られるはずだ。呼吸が止まって死が訪れるまで、諦めず足掻こう。
負けるもんか。
だって、悔しいんだもの。
走れ走れ、子どもたち
今朝は気持ちが重く、この時間になってやっと起き上がることができた。情けない。何かあと少しで、というところに手が届いている実感があるのに。
既に起きていたパートナーにことわりを入れ、また公園に来た。せいぜい歩いて数分のところなのだが、それでも室内と外とは違う世界だ。
私が毎日努めて外に出ているのは、自室内ではこの重く淀んだ気持ちを変えられない、まだそれだけの力が己の中に蓄積されていないという感覚があることがひとつ。
もうひとつは、外に出れば平然と生活する人びとを見ることができるからである。もちろん皆それぞれに苦悩や葛藤を抱えているのだとは思うが、私からすればそこに人びとの普通の暮らしがあり、自分がその端っこにでも存在している現実を感じることは、私のかたちをギリギリのところで保ってくれる力になっているように思う。
普通に生きたい。
パートナーと明るい緑の下、何気なく話しながら歩いたり、しゃがみこんで道端の野草を観察したり、何か大きなものを購入して2人で協力して持ち帰ったり……そういう人びとを見かけるたび、私はどうしてこのようになってしまったのかと考える。
辛くはない。
でも少し悲しい。情けない。
過去の後悔は仕方ないものと一旦飲み込み、今から始めれば良いと思う前向きな自分と、どうしても動けない泥のような己に嫌悪する自分とが並んで座っている。ふたりともそれぞれ考えている。
先ほど、道を尋ねられた。幸いわかる場所だったので、きちんと答えることができた。なんだか少しホッとした。
そういえば一時期、ストレスか何かで声が出せなくなったことがあった。あの頃よりは今のほうがはるかに身体の状態は良い。なんだ、いいこともあるじゃないか。
子どもたちが元気にボールを蹴り、駆け回っている。やかましいが、明るく活気があり、懐かしく楽しい気持ちになる。この若く柔らかな喧騒から力を分けてもらっているんだ。
青いシャツの子が壁になって私にボールが当たらないように守ってくれている。こんな子供でもこのような気遣いと、行動ができる。
平日の公園、この時間。こんな状況の中、ベンチに座る働き盛りと思われる年齢の(たぶん)暗い表情をした男。こう書くとなんだか通報されかねない不審者のようだが、手元の文庫本が私の存在を通報には及ばない範囲に止めてくれている。
そうそう、おじさん実はサッカー、上手いんだぞ。誘ってくれないかなぁ(笑)
やはり外に出ることは大切だ。